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レイス治療院 堺南店オープン!

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レイス治療院 東京中央店がオープン!

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レイスだより7月号をリリースいたしました!!

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レイスだより7月号をリリースいたしました。

今月はどこでもできる肩甲骨の体操を掲載しております!ぜひご覧ください!

つぼ博士のつぼ講座:梅雨に起こりやすい消化器官の不調に効く!おすすめのつぼ「内関」

諸君、久しぶりじゃな!つぼ博士じゃ!
元気にしてたかのぅ?今回も諸君のお悩みを解決するつぼを紹介するぞ!

じめじめとした梅雨の気候になんだかだるさや身体の不調を感じておらんか?
梅雨の高い湿度は、身体に余分な水分をためやすくしてしまうのじゃ!
水分の循環が上手くいかないことが原因で、胃などの消化器官に不調を感じる人が増えるのじゃ!

今回は消化器官の不調に効果的なツボ「内関(ないかん)」を紹介するぞ!

つぼの効果


■ 内臓機能の不調を改善
内関は内蔵機能に深く関わるつぼといわれておる。特に消化器系の不調を和らげてくれるのじゃ。

例えば
・乗り物酔いや二日酔いなどの吐き気
・つわり
・胃痛

などに効果があるといわれているぞ!

■ 自律神経の乱れを改善

内関を刺激することで、自律神経のバランスも整えてくれるのじゃ。
イライラを抑えてくれたり、ストレスなどの精神的負担の軽減に効果があるぞ。
季節の変わり目など、自律神経の乱れにより身体が重く感じたり、なんとなくやる気が起こらないときなどに押してみるのじゃ。

また、内関はしゃっくりを止めるツボとしても有名じゃ。急なしゃっくりを止めたいときにおススメじゃぞ。

つぼの場所


手首のちょうど真ん中にある2本の腱の間にあるぞ。

手のひら側にある、手首の大きなシワから指三本さがったところが内関じゃ!

つぼの押し方

腱の間を目安にし、ぐーっと指で押していくぞ!
内関は強く押すと痛みを感じるつぼじゃ。自分が気持ち良いと感じる程度に力をいれるのじゃ。
息を吐きながら6~7秒ほどゆっくりと押していくぞ。離すときもゆっくり力を抜いていくのがポイントじゃ。

内関を押して、梅雨の体調不良から脱却じゃ!

【連載コラムvol.5】レイス治療院で活躍するマッサージ師にインタビュー!

こんにちは!情熱太郎です!
今回はレイス治療院で活躍しているマッサージ師に、インタビューをしてみたいと思います。インタビューさせていただくマッサージ師は、レイス治療院 大阪阿倍野店で活躍されている粟木先生です。

名前:粟木 厚生(あわき こうせい)
在籍:レイス治療院 大阪阿倍野
レイス治療院入社年:2007年
免許取得年:1970年
趣味:数独

どことなく徳光和夫に似ているおしゃべり好きなおっちゃん。しかし、その外見とは裏腹に年間3,000回以上も施術されている強者マッサージ師。
病院勤めで培った経験と、ユーモア溢れるトークでご利用者様の心と体をほぐす。

「では、早速一つ目の質問ですが、粟木先生がマッサージ師になろうと思ったきっかけを教えてください。」

マッサージ師になろうと思ったきっかけ?もう何十年も前のことやから忘れてしまいましたわ(笑)」

「粟木先生、何とか思い出してください!(汗)」

「まぁ、そんなに大したきっかけではないんですが、僕の父親がメッキ職人だったんです。自転車のハンドルを作るときにメッキの液に入れて作るんですが、その時にメッキの液が眼に飛んでしまって、失明してしまったんです。
それでメッキの仕事ができなくなってしまったから、盲学校に通ってマッサージ師になったんです。」

「お父様もマッサージ師だったんですね。」

「そうですね~。父親は、僕が10歳の時に亡くなったんですけど、僕が中学校を卒業して次の進路に選んだのがあん摩マッサージ指圧師の専門学校やったんです。今思うと、父親の背中を知らず知らずのうちに追っていたのかもしれないですねぇ。」

「マッサージ師になったきっかけはお父様の影響が大きかったようですね。では次に、レイス治療院で働くようになったのはどういった経緯からですか?」

「僕は、免許を取得してから数年間はマッサージ師として働いたんですが、そのころはまだ10代で、高齢の方にサービスを提供するのは正直面白いとは思えなかったんです。違う仕事もいっぱいあった時代やったから、マッサージ師を辞めて工場で働いたりしてたんです。」

「工場で働いていた時期もあったんですか。てっきりずっとマッサージ師として、仕事をされているのかと思っていました。」

「実は、ずっとマッサージ師やった訳ではないんですよ。
その働いていた工場の先輩や上司で『将来、あんなおっさんになりたい』と思えるような人がいなくて(笑)。そんなところから将来のことを考えるようになったんです。
僕はマッサージの免許を持っているから、せっかくやからそれを活かそうと思ったのと、その時は救急救命に興味があったから、ちょうど良さそうな救急病院のリハビリ室に転職したんです。
でも、働き出してから分かったんやけど、救急救命とリハビリって、実はあまり関係がなかった(笑)」

「粟木先生、おっちょこちょいですね(笑)」

「若気の至りってやつかな(笑)
でも、そこの病院ではいろいろ勉強させてもらって、治療家としての基盤が築けたと言っても過言ではないですね。
その病院では5年くらい働いたんですが、当時大阪で訪問マッサージが流行っていたんで、病院を辞めて訪問マッサージ会社の業務委託として独立したんです。だけど、それがあかんかった。」

「あかんかった?何がですか?」

「その会社には、複数のマッサージ師が登録して働いていたんですが、他のマッサージ師の売上が異常に高かったんですわ。僕はいつもその会社の担当者に売上の高いマッサージ師と比較されて、「なんでお前の売上はこれだけしかないねん!何とかして売上を上げてこい!」って怒られて…。
でも、その売上の高いマッサージ師は、施術をしていない日も施術したと嘘の報告をしていたから売上が高かったんです。つまり、そのマッサージ師と同じ売上を上げろという指示は、不正をしろということ。」

「劣悪な環境ですね…。」

「そんなんで色々と嫌な思いをしたせいで、僕は不正に対しての嫌悪感が人一倍強く感じたり、不正をしている人が憎たらしいと思うようになったんです。その会社とは、1年足らずで契約を解除しました。」

「不正に巻き込まれて、免許が傷ついてからでは遅いですからね…。」

「そうですよ。その会社とは縁が切れたから、不正に巻き込まれる心配はなくなったんですが、ご利用者様が減ってしまったから経営的にはしんどかったですね。家族もいるし、生活していかなあかんし。そんな時、たまたまレイス治療院の方と知り合ったんです。」

「おっ!ここでついにレイス治療院と出会ったんですね!」

「レイス治療院は『不正請求をしない・させない・許さない』というポリシーがあるっていうのと、不正ができない仕組みとシステムがすでに確立されているというのを聞いて、『それやったら協力します』ということで、レイス治療院で働くようになりました。それが、平成19年やったかな。」

「そんな経緯があったんですね。まさに人に歴史ありですね。不正請求で嫌な思いをされた経験と、レイス治療院のポリシーとが合致したんですね。
では、3つ目の質問ですが、今まで多くのご利用者様に施術していらっしゃると思いますが、施術をするときに心がけていることは何かありますか?」

「ん~そうですね~。『気持ちよかった』と言ってもらうのも大事ですが、病院で勤めていた時は『病院ではあん摩したらあかん。ここは治療するところやから。』と叩き込まれてきたので、治療を目的とした施術を行うように意識していますね。
特に、日常動作を改善するのは運動法が効果的なので、まずは自動・他動運動で身体を動かして、改善度合いを体感してもらえるようにしています。」

「施術効果を実感してもらえるかどうかは、重要ですね。」

「それと、マッサージ師って医療従事者の中でも、ご利用者様との距離間が非常に近いですよね。そして、利用される方は何かしら病気を患っているので、希望が持てるような話をするように心がけていますね。
そういう意味でも、『気持ちよかった』って言うてくれるより、『元気が出たわ』って言うてくれた方が、僕はうれしいですね。」

「施術で身体を改善させるのはもちろん、改善に向けてのモチベーションをどうコントロールできるかがポイントということですね。ちなみに、今まで担当されたご利用者様で、具体的な改善事例はありますか?」

「もちろんありますよ。
その方はまだ30代ですが、交通事故にあわれて脳挫傷高次脳機能障害になってしまい、僕が担当として訪問したときは、痙性麻痺状態でした。正直どの程度改善できるかの推測もつかないような難しい状態でしたが、施術プランを立てて、運動療法や筋力増強運動、マッサージとかいろんな角度からアプローチしていきました。すると、数カ月経つ頃には見る見るうちに体が動くようになっていって、今ではスポーツチャンバラの大会に出場できるまでになりました。」

スポーツチャンバラってけっこう激しく動くスポーツですよね?その大会に出場できるまで改善したのはすごいですね!」

「そうですね。ただ、腕が動くのも片側だけで移動も車椅子なので、さらなる改善を目指して今もマッサージを継続してもらっています。」

「そうですか。これからも粟木先生の技術を、余すことなく発揮してください。それでは最後に、今後の目標や抱負を教えてください。」

「ご存知の通り2025年になったら団塊の世代の人たちが75歳になるから、今以上に多くの方に医療が必要になってきますよね?つまり、医療を提供するスタッフが、もっと必要になってくるということ。
訪問マッサージは、医業類似行為としてご利用者様をケアすることができる価値あるサービスだと思います。だけど、今はまだ認知度も低く、ご利用者様の主治医にご理解いただけない場合もある。サービスを必要としている方が、その選択肢を知らなかったり、閉ざされてしまったりするのは非常に残念やから、訪問マッサージをもっと広めて、認識してもらう必要があると思いますね。」

「認知度向上と医師へのご理解、確かにそうですね。」

「実際に、せっかくお試し施術に行っても、同意書が下りなくてサービスを提供できなかったことがしばしばあるんですが、ご利用者様に改善できる選択肢を閉ざしてしまうのは、非常に心苦しい。そういった意味でも、レイスグループ全体でこの業界自体の認知度をもっともっと上げていきたいですね。」

「そうですね、訪問マッサージの認知度や価値を上げ、このサービスを必要とされている方にしっかりとお届けできるように、力を合わせて取り組んでいきましょう!」

「粟木先生、ありがとうございました!」

マッサージ師にインタビューして感じたこと

  • 訪問マッサージは医療保険が適用されるサービスなので、マッサージ師一人ひとりが”慰安”ではなく”改善”を目指してして、日々施術を行っている。
  • レイス治療院で活躍するマッサージ師は、「不正をしない、させない、許さない」という揺るぎないポリシーを持っている。
  • 訪問マッサージは非常に素晴らしいサービスなので、もっと多くの人に知ってもらいたいという気持ちと、もっと社会的に認められるサービスにしたいという気持ちを強く持っている。

いかがでしたか?
レイス治療院で活躍するマッサージ師は、粟木先生のように温厚な方が多いですが、胸の内にはとてもアツい想いを秘めています。
また、全国で350名以上のマッサージ師が在籍しており、北は北海道から南は九州まで、マッサージ師歴40年以上のベテランから若手まで、とても個性豊かなメンバーが揃っています。
これからも現場で活躍しているマッサージ師を取り上げていきたいと思いますので、ご愛読いただけますようよろしくお願い致します!
それと、もし「この店舗のマッサージ師のインタビューを聞きたい!」というご要望があれば、情熱太郎が全国各地に飛び回りますので、お気軽にご連絡ください!

【連載コラムvol.5】レイス治療院で活躍するマッサージ師にインタビュー!

こんにちは!情熱太郎です!
今回はレイス治療院で活躍しているマッサージ師に、インタビューをしてみたいと思います。インタビューさせていただくマッサージ師は、レイス治療院 大阪阿倍野店で活躍されている粟木先生です。

名前:粟木 厚生(あわき こうせい)
在籍:レイス治療院 大阪阿倍野
レイス治療院入社年:2007年
免許取得年:1970年
趣味:数独

どことなく徳光和夫に似ているおしゃべり好きなおっちゃん。しかし、その外見とは裏腹に年間3,000回以上も施術されている強者マッサージ師。
病院勤めで培った経験と、ユーモア溢れるトークでご利用者様の心と体をほぐす。

「では、早速一つ目の質問ですが、粟木先生がマッサージ師になろうと思ったきっかけを教えてください。」

マッサージ師になろうと思ったきっかけ?もう何十年も前のことやから忘れてしまいましたわ(笑)」

「粟木先生、何とか思い出してください!(汗)」

「まぁ、そんなに大したきっかけではないんですが、僕の父親がメッキ職人だったんです。自転車のハンドルを作るときにメッキの液に入れて作るんですが、その時にメッキの液が眼に飛んでしまって、失明してしまったんです。
それでメッキの仕事ができなくなってしまったから、盲学校に通ってマッサージ師になったんです。」

「お父様もマッサージ師だったんですね。」

「そうですね~。父親は、僕が10歳の時に亡くなったんですけど、僕が中学校を卒業して次の進路に選んだのがあん摩マッサージ指圧師の専門学校やったんです。今思うと、父親の背中を知らず知らずのうちに追っていたのかもしれないですねぇ。」

「マッサージ師になったきっかけはお父様の影響が大きかったようですね。では次に、レイス治療院で働くようになったのはどういった経緯からですか?」

「僕は、免許を取得してから数年間はマッサージ師として働いたんですが、そのころはまだ10代で、高齢の方にサービスを提供するのは正直面白いとは思えなかったんです。違う仕事もいっぱいあった時代やったから、マッサージ師を辞めて工場で働いたりしてたんです。」

「工場で働いていた時期もあったんですか。てっきりずっとマッサージ師として、仕事をされているのかと思っていました。」

「実は、ずっとマッサージ師やった訳ではないんですよ。
その働いていた工場の先輩や上司で『将来、あんなおっさんになりたい』と思えるような人がいなくて(笑)。そんなところから将来のことを考えるようになったんです。
僕はマッサージの免許を持っているから、せっかくやからそれを活かそうと思ったのと、その時は救急救命に興味があったから、ちょうど良さそうな救急病院のリハビリ室に転職したんです。
でも、働き出してから分かったんやけど、救急救命とリハビリって、実はあまり関係がなかった(笑)」

「粟木先生、おっちょこちょいですね(笑)」

「若気の至りってやつかな(笑)
でも、そこの病院ではいろいろ勉強させてもらって、治療家としての基盤が築けたと言っても過言ではないですね。
その病院では5年くらい働いたんですが、当時大阪で訪問マッサージが流行っていたんで、病院を辞めて訪問マッサージ会社の業務委託として独立したんです。だけど、それがあかんかった。」

「あかんかった?何がですか?」

「その会社には、複数のマッサージ師が登録して働いていたんですが、他のマッサージ師の売上が異常に高かったんですわ。僕はいつもその会社の担当者に売上の高いマッサージ師と比較されて、「なんでお前の売上はこれだけしかないねん!何とかして売上を上げてこい!」って怒られて…。
でも、その売上の高いマッサージ師は、施術をしていない日も施術したと嘘の報告をしていたから売上が高かったんです。つまり、そのマッサージ師と同じ売上を上げろという指示は、不正をしろということ。」

「劣悪な環境ですね…。」

「そんなんで色々と嫌な思いをしたせいで、僕は不正に対しての嫌悪感が人一倍強く感じたり、不正をしている人が憎たらしいと思うようになったんです。その会社とは、1年足らずで契約を解除しました。」

「不正に巻き込まれて、免許が傷ついてからでは遅いですからね…。」

「そうですよ。その会社とは縁が切れたから、不正に巻き込まれる心配はなくなったんですが、ご利用者様が減ってしまったから経営的にはしんどかったですね。家族もいるし、生活していかなあかんし。そんな時、たまたまレイス治療院の方と知り合ったんです。」

「おっ!ここでついにレイス治療院と出会ったんですね!」

「レイス治療院は『不正請求をしない・させない・許さない』というポリシーがあるっていうのと、不正ができない仕組みとシステムがすでに確立されているというのを聞いて、『それやったら協力します』ということで、レイス治療院で働くようになりました。それが、平成19年やったかな。」

「そんな経緯があったんですね。まさに人に歴史ありですね。不正請求で嫌な思いをされた経験と、レイス治療院のポリシーとが合致したんですね。
では、3つ目の質問ですが、今まで多くのご利用者様に施術していらっしゃると思いますが、施術をするときに心がけていることは何かありますか?」

「ん~そうですね~。『気持ちよかった』と言ってもらうのも大事ですが、病院で勤めていた時は『病院ではあん摩したらあかん。ここは治療するところやから。』と叩き込まれてきたので、治療を目的とした施術を行うように意識していますね。
特に、日常動作を改善するのは運動法が効果的なので、まずは自動・他動運動で身体を動かして、改善度合いを体感してもらえるようにしています。」

「施術効果を実感してもらえるかどうかは、重要ですね。」

「それと、マッサージ師って医療従事者の中でも、ご利用者様との距離間が非常に近いですよね。そして、利用される方は何かしら病気を患っているので、希望が持てるような話をするように心がけていますね。
そういう意味でも、『気持ちよかった』って言うてくれるより、『元気が出たわ』って言うてくれた方が、僕はうれしいですね。」

「施術で身体を改善させるのはもちろん、改善に向けてのモチベーションをどうコントロールできるかがポイントということですね。ちなみに、今まで担当されたご利用者様で、具体的な改善事例はありますか?」

「もちろんありますよ。
その方はまだ30代ですが、交通事故にあわれて脳挫傷高次脳機能障害になってしまい、僕が担当として訪問したときは、痙性麻痺状態でした。正直どの程度改善できるかの推測もつかないような難しい状態でしたが、施術プランを立てて、運動療法や筋力増強運動、マッサージとかいろんな角度からアプローチしていきました。すると、数カ月経つ頃には見る見るうちに体が動くようになっていって、今ではスポーツチャンバラの大会に出場できるまでになりました。」

スポーツチャンバラってけっこう激しく動くスポーツですよね?その大会に出場できるまで改善したのはすごいですね!」

「そうですね。ただ、腕が動くのも片側だけで移動も車椅子なので、さらなる改善を目指して今もマッサージを継続してもらっています。」

「そうですか。これからも粟木先生の技術を、余すことなく発揮してください。それでは最後に、今後の目標や抱負を教えてください。」

「ご存知の通り2025年になったら団塊の世代の人たちが75歳になるから、今以上に多くの方に医療が必要になってきますよね?つまり、医療を提供するスタッフが、もっと必要になってくるということ。
訪問マッサージは、医業類似行為としてご利用者様をケアすることができる価値あるサービスだと思います。だけど、今はまだ認知度も低く、ご利用者様の主治医にご理解いただけない場合もある。サービスを必要としている方が、その選択肢を知らなかったり、閉ざされてしまったりするのは非常に残念やから、訪問マッサージをもっと広めて、認識してもらう必要があると思いますね。」

「認知度向上と医師へのご理解、確かにそうですね。」

「実際に、せっかくお試し施術に行っても、同意書が下りなくてサービスを提供できなかったことがしばしばあるんですが、ご利用者様に改善できる選択肢を閉ざしてしまうのは、非常に心苦しい。そういった意味でも、レイスグループ全体でこの業界自体の認知度をもっともっと上げていきたいですね。」

「そうですね、訪問マッサージの認知度や価値を上げ、このサービスを必要とされている方にしっかりとお届けできるように、力を合わせて取り組んでいきましょう!」

「粟木先生、ありがとうございました!」

マッサージ師にインタビューして感じたこと

  • 訪問マッサージは医療保険が適用されるサービスなので、マッサージ師一人ひとりが”慰安”ではなく”改善”を目指してして、日々施術を行っている。
  • レイス治療院で活躍するマッサージ師は、「不正をしない、させない、許さない」という揺るぎないポリシーを持っている。
  • 訪問マッサージは非常に素晴らしいサービスなので、もっと多くの人に知ってもらいたいという気持ちと、もっと社会的に認められるサービスにしたいという気持ちを強く持っている。

いかがでしたか?
レイス治療院で活躍するマッサージ師は、粟木先生のように温厚な方が多いですが、胸の内にはとてもアツい想いを秘めています。
また、全国で350名以上のマッサージ師が在籍しており、北は北海道から南は九州まで、マッサージ師歴40年以上のベテランから若手まで、とても個性豊かなメンバーが揃っています。
これからも現場で活躍しているマッサージ師を取り上げていきたいと思いますので、ご愛読いただけますようよろしくお願い致します!
それと、もし「この店舗のマッサージ師のインタビューを聞きたい!」というご要望があれば、情熱太郎が全国各地に飛び回りますので、お気軽にご連絡ください!